東京地方裁判所 昭和37年(ワ)8884号 判決 1966年11月22日
原告 ソニー株式会社
被告 芝電気株式会社
主文
1、被告は別紙第一目録記載のヘツドを備えたビデオテープレコーダーを生産し譲渡してはならない。
2、被告は原告に対し金三二八万円及びこれに対する昭和三七年一一月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
3、原告のその余の請求を棄却する。
4、訴訟費用は二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
5、この判決のうち第二項は、原告において金八〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。
事実
第一、申立
一、原告
1、被告は別紙第一目録記載のヘツドを備えたビデオテープレコーダーを生産し譲渡してはならない。
2、被告は原告に対し金一、八九六万円及びこれに対する昭和三七年一一月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
3、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び第二項につき仮執行の宣言を求める。
二、被告
1、原告の請求はいずれも棄却する。
2、訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二、請求の原因
一、原告は、昭和三三年二月二一日次の甲、乙特許権を権利者井深大より、昭和二六年一月二五日次の丙特許権を権利者森村喬、田中磯一よりそれぞれ譲り受けて取得し、現に甲、乙特許権を有し、また、丙特許権をそれが存続期間の満了により消滅した昭和三九年九月六日まで有していた。
(一)、甲特許権
名称 磁気録音機用ヘツドの改良
出願 昭和二五年一〇月一四日
公告 昭和二七年四月一五日
登録 昭和二八年一二月八日
番号 第二〇二、八二八号
(二)、乙特許権(甲特許の追加特許)
名称 磁気録音機用ヘツド
出願 昭和二六年二月二八日
公告 昭和二九年七月二一日
登録 昭和二九年一一月八日
番号 第二〇九、一二三号
(三)、丙特許権
名称 録音方式
出願 昭和二二年六月五日
公告 昭和二四年四月一五日
登録 昭和二四年九月六日
番号 第一八〇、一三四号
二、甲、乙、丙各特許出願の願書に添附された特許請求の記載は、次のとおりである。
(一)、甲特許
本文に詳記し且図面に例示する様に磁気録音の被録音体に対接する個所に所要の磁気抵抗を保持する間隙を形成せしめる様に磁性体の粉末を型内にて圧縮成型して圧粉鉄心を塑製し之に作動線輪を巻装し前記間隙内には非磁性材料より成る間隔片を埋置介装した磁気録音機用ヘツド
(二)、乙特許
本文に詳記し且図面に例示する様に磁性体の粉末を所要形状に圧縮成型した圧粉鉄心を主体とし其の端部に他の磁性材料を磁極片として添着したことを特徴とする磁気録音機用ヘツド
(三)、丙特許
本文に詳記し図面に示す如く音波を録音に適当なる中心周波数の周波数または位相被変調波に変換したる後に機械的電磁的又は光学的に録音することを特徴とする録音方式
三、甲特許発明は、次のことを要件として構成される磁気録音機用ヘツドである。
(イ)、材料は磁性体の粉末を型内で圧縮成型して圧粉鉄心を塑製したものであること
(ロ)、この材料に作動線輸を巻装していること
(ハ)、磁気録音の被録音体に対接する箇所に所要の磁気抵抗を保持する間隙を形成していること
(ニ)、前記(ハ)の間隙内に非磁性材料より成る間隙片を埋置介装していること
そして、甲特許発明の磁気録音機用ヘツドの作用効果は、従来の磁気録音機用ヘツドが磁性材料の簿板多数を層合して製作していたため、工作上種々の難点があり、また、録音に有害な渦流損による無効な発熱を生じていたのに対し、甲特許発明の磁気録音機用ヘツドは、磁性体の粉末を型内で圧縮成型して塑製される圧粉鉄心を使用したため、製作が簡易であるのは勿論、渦流損による無効な発熱を僅少に保持し得て磁気録音機用ヘツドの作動能率を向上させたことにある。なお、所要の鉄心を一挙に製作し得るとの効果は、一実施例の場合にのみ期待し得ることであつて、甲特許発明本来の効果ではない。
四、乙特許発明は、甲特許発明の改良拡張であり、その追加特許として特許されたもので、次のことを要件として構成される磁気録音機用ヘツドである。
(イ)、磁性体の粉末を所要形状に圧縮成型した圧粉鉄心を主体の材料とすること
(ロ)、主体の端部に他の磁性材料を磁極片として添着すること
そして、乙特許発明の磁気録音機用ヘツドの作用効果は、圧粉鉄心の端部に磁極片を添着したことにより、圧粉鉄心中を通ずる磁束がこの磁極片中に有効に集中し、甲特許発明により改良されたヘツドの作動能率を更に一段と向上させたことにある。
五、丙特許発明は、次のことを要件として構成される録音方式である。
(イ)、音波をまず録音に適当な中心周波数の周波数被変調波または位相被変調波に変換すること
(ロ)、この周波数変調または位相変調された被変調波を機械的電磁的または光学的に録音すること
そして、丙特許発明の録音方式の作用効果は、音波をまず周波数変調等を行つた後に、この被変調波を磁気テープ等に録音する方式をとつたため、周波数変調の定振幅性に基き、固有雑音が極めて少く、また、再生ヘツド等の周波数特性に特別の意を払うことなく、高忠実、かつ、強弱レベル差の大きな再生が得られることにある。
六、被告は、昭和三五年三月から七、六〇〇B型、七、六〇〇C型または車載用と称するビデオテープレコーダーを製造販売しているが、このビデオテープレコーダーは、いずれも別紙第一目録記載のヘツド(以下「被告ヘツド」という。)を備え、また、別紙第二目録記載の録画装置(以下「被告装置」という。)を備えている。
七、被告ヘツドの構造は、次のとおりである。
(い)、主体をフエライトをもつて構成していること
(ろ)、主体に作動線輪を巻装していること
(は)、主体の被録画体に対向する箇所に間隙を形成していること
(に)、主体の端部に他の磁性材料からなる磁極片を重ねて添着しこの磁極片間の間隙を被録画体に対接させていること
(ほ)、主体の間隙内に非磁性体からなる間隔片を、磁極片間の間隙内に非磁性体からなる間隔箔をそれぞれ埋置介装していること
なお、被告ヘツドのフエライトは、原料粉末を圧縮して円板にしたものを第一次焼成として加熱して磁性体とし、これを冷却後粉砕したものを型内で圧縮成型して円筒に塑製し、これを更に第二次焼成として加熱した後輪切りにし、これに間隙を切り込み製作されるものである。
八、被告装置の使用する録画方式は、次のとおりである。
(い)、テレビジヨンの映像信号をまず録画に適当な中心周波数の周波数被変調波に変換すること
(ろ)、この周波数被変調波を磁気テープに記録すること
九、そこで、甲、乙特許発明と被告ヘツドとを対比してみるとまず、甲、乙特許発明の特許請求の範囲欄には、いずれも「磁気録音機用ヘツド」と記載されていて、これがビデオテープレコーダー用ヘツドに使用し得るとの記載はない。しかしながら、磁気録音は、音波をマイクロフオンにより電気信号にかえ、増幅器によつて増幅した後磁気ヘツドによりこの電気信号を磁力線の変化にかえ、テープを磁化してこの磁力線の変化を記録するものであるのに対し、磁気録画は、映像をテレビカメラにより電気信号にかえ、増幅器によつて増幅した後磁気ヘツドによりこの電気信号を磁力線の変化にかえ、テープを磁化してこの磁力線の変化を記録するものである。両者の間には異る点がないではないが、磁気ヘツドに関する限り、それが録音機用のものであると、ビデオテープレコーダー用のものであるとを問わず、いずれも電気信号を磁力線の変化にかえ、これをテープに伝える作用を果すもので、ヘツドの果す機能については両者全く差異がない。なお現在市販に供されている録音機用ヘツドや録音テープは、そのままビデオテープレコーダー用ヘツドや録画テープに使用することができないが、これは、録音機用ヘツドや録音テープがビデオテープレコーダー用ヘツドや録画テープほど品質の高いものを要求しない技術上の問題に基くもので、録音機用ヘツドや録音テープは、これを純技術的に把握すれば、ビデオテープレコーダー用ヘツドや録画テープとしてそのまま支障なく使用し得るものである。従つて、甲、乙特許発明にいう磁気録音機用ヘツドにはビデオテープレコーダー用ヘツドも当然包含されるものである。
(一)、甲特許発明との対比
(1) 、被告ヘツドの(い)の構造は、甲特許発明の(イ)の要件に対応しこれを充足する。甲特許発明においてはフエライトをも含めた意味で圧粉鉄心の語を使用しているものである。このことは、甲特許の発明の詳細なる説明の項で消去能率試験の結果を報告しているが、これ等の消去能率はフエライトを材料にして始めて達成され、狭義の圧粉鉄心をもつてしてはこのような消去能率が得られないことからも明らかである。
(2) 、被告ヘツドの(ろ)の構造は、甲特許発明の(に)の要件に対応し、これを充足することは明らかである。
(3) 、被告ヘツドの(は)の構造は、甲特許発明の(ハ)の要件に対応する。被告ヘツドのフエライトに設けられた間隙は、被録音体に直接対接しないで、磁極片を介して間接的に対接している。しかしながら、甲特許発明の(ハ)の要件は結局、主体の間隙部から磁力線を漏洩させ、被録音体に伝達するための設計であるところ、被告ヘツドにおいてもフエライトの間隙部に生じた磁力線が磁極片によつて導かれて被録音体に伝達されるのであるから、たとえ、フエライトの間隙が被録音体に対し間接的に対接するからといつて、甲特許発明の場合と異ることはない。そうすると、被告ヘツドの(は)の構造は、甲特許発明の(ハ)の要件を充足するといわなければならない。
(4) 、被告ヘツドの(ほ)の構造は、甲特許発明の(ニ)の要件に対応し、これを充足することは明らかである。
以上の次第で、被告ヘツドは、甲特許発明の構成要件をすべて具備するので、その技術的範囲に属する。
(二)、乙特許発明との対比
(1) 、被告ヘツドの(い)の構造は、乙特許発明の(イ)の要件に対応し、かつ、その要件を充足することは、さきに甲特許発明との対比の項で述べたとおりである。
(2) 、被告ヘツドの(に)の構造は、乙特許発明の(ロ)の要件に対応する。乙特許発明のヘツドにおける磁極片は、その中に圧粉鉄心中を通ずる磁束を有効に集中させる機能を果すものであることさきに述べたとおりであるが、このためには、磁極片に設けられる磁極間隙部をなるべく尖鋭にしなければならないことは自明の理である。ところが被告ヘツドの磁極片も、結局、ヘツドの磁極間隙部を尖鋭に形成するために設けられたもので、乙特許発明のヘツドの磁極片と全く同一の作用効果を達成していることが明らかである。そうすると、被告ヘツドの磁極片は、乙特許発明にいう磁極片に該当し、ひいては、被告ヘツドの(に)の構造は、乙特許発明の(ロ)の要件を充足するものである。
以上の次第で、被告ヘツドは、乙特許発明の構成要件をもすべて具備するので、その技術的範囲に属する。
一〇、次に、丙特許発明と被告装置の使用する録画方式とを対比してみる。
(1)、被告装置の使用する録画方式の(い)の点は、丙特許発明の(イ)の要件に対応する。ところで、(イ)の録音は、音波を電気信号にかえた後にこの電気信号を磁力線の変化にかえて記録することであるのに対し、(い)の録画は、映像を電気信号にかえた後にこの電気信号を極力線の変化にかえて記録することであり、両者は、信号の原因が音声であるか映像であるかの差異があるに過ぎない。音声信号と映像信号とはその周波数帯域においてちがいがあり、前者は可聴周波数帯域の電気信号であるのに対して、後者は可聴周波数帯域を超えた周波数帯域の電気信号である。しかしながら、電気信号の強弱レベル差、周波数分布をより忠実に記録しようとする丙特許発明の効果は、周波数帯域の相違に関係なく一様に達成されるものである。また、丙特許発明の他の効果である周波数変調による雑音減少の効果も、電気信号の周波数帯域に関係なく達成することができる。すなわち、周波数変調を行うときは、周波数分布の比較的低い固有雑音はもとより、周波数分布が広い帯域にわたるような性質の雑音(白色雑音)についても、雑音減少の効果を発揮することができるからである。前者の雑音については、変調指数が小さくても十分雑音減少の効果があり、また後者の雑音については、変調指数を大きくとればとるほど雑音減少の効果があがるのである。そうすると、被告装置の使用する録画方式の(い)の点は、丙特許発明の(イ)の要件とその作用効果においても変りがなく、その要件を充足する。
(2)、次に被告装置の使用する録画方式の(ろ)の点は、丙特許発明の(ロ)の要件に対応し、これを充足することは明らかである。
以上の次第で、被告装置の使用する録画方式は、丙特許発明の構成要件をすべて具備するから、その技術的範囲に属するものであり、ひいては、被告装置を備えたビデオテープレコーダーは、丙特許発明の実施にのみ使用するものであるといわなければならない。
一一、そこで、原告は、甲、乙特許権に基き被告に対し、被告ヘツドを備えたビデオテープレコーダーの生産、譲渡の差止を求める。
一二、被告は、被告ヘツド及び被告装置を備えたビデオテープレコーダーを、別紙一覧表<省略>記載のとおり、昭和三五年三月三台同年五月から昭和三七年八月まで三八台、以上合計四一台を製造し、昭和三五年三月に製造した三台をその頃一台につき金一、六〇〇万円で、その余を一台につき同金額を下らない金額で販売した。
一三、ところで、被告は、昭和三五年三月に製造した三台のビデオテープレコーダーが、甲、乙特許発明の技術的範囲に属する被告ヘツドを備えることにより、甲、乙特許権を侵害することを知り、また、知り得たにもかかわらず過失により知らないで製造販売したものであり、その余の三八台のビデオテープレコーダーは、被告ヘツド及び被告装置を備えることにより甲、乙、丙特許権を侵害するものであるから、被告は、その製造販売行為につき過失があつたものと推定される。そうすると、被告は、原告に対し、甲、乙、丙特許権侵害による損害賠償として原告が甲、乙、丙特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する金銭を原告の被つた損害として賠償する義務がある。
一四、そして、甲、乙、丙特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額は、甲、乙特許発明につき、これを実施した製品の販売価格の一・五パーセント、丙特許発明につき、これを実施した製品の販売価格の一・五パーセントをもつて相当とする。従つて、被告の製造販売した前記四一台のビデオテープレコーダーの販売価格の合計を下らない金六億五、六〇〇万円に甲、乙特許発明の通常実施料率一・五パーセントを乗じて得られる金九八四万円が甲、乙特許権侵害により原告の被つた損害である。また、被告が昭和三五年五月以降製造販売した三八台のビデオテープレコーダーの販売価格の合計を下らない金六億〇八〇〇万円に丙特許発明の通常実施料率一・五パーセントを乗じて得られる金九一二万円が丙特許権侵害により原告の被つた損害である。
一五、よつて、原告は、被告に対し、甲、乙、丙特許権侵害に基く損害賠償として前項の金員合計金一、八九六万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三七年一一月八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払をも求める。
第三、答弁
一、請求原因第一、二項の事実は、認める。
二、同第三項の事実は、否認する。
甲特許発明の構成要件は、その特許請求の範囲欄に記載されているように、(イ)、磁気録音の被録音体に対接する個所に所要の磁気抵抗を保持する間隙を形成させるように、(ロ)、磁性体の紛末を型内で圧縮成型して圧粉鉄心を塑製し、(ハ)、これに作動線輪を巻装し、(ニ)、前記間隙内に非磁性材料よりなる間隙片を埋置介装した、磁気録音機用ヘツドである。前記(イ)は(ロ)を修飾するものであり、(ニ)の間隙片は、(ロ)の鉄心を塑製するとき、予め型内に置かれるもので、甲特許発明の画定するものは、原告の主張するようなヘツドの構造にとどまらずその製作過程をも規定したものである。
そして、甲特許発明の作用効果は、磁気録音の被録音体に対接する箇所に所要の磁気抵抗を保持する間隙を形成させるように磁性体の粉末を型内で圧縮成型して圧縮鉄心を塑製しこの圧紛鉄心塑製の際、予め、間隔片を型内に置いて一挙に所要の鉄心を塑製することができる点にある。
三、請求原因第四項から第八項までの事実は、認める。
四、同第九項の事実は、否認する。
被告ヘツドは、甲、乙特許発明の技術的範囲に属しない。まず、甲、乙特許発明は、その明細書全文からも明らかなように、磁気録音機用ヘツドに限られ、その技術的範囲は、被告ヘツドのようなビデオテープレコーダー用ヘツドにまで及ぶものではない。次に、甲、乙特許発明にいう圧粉鉄心は、その明細書の記載によれば、従来の成層鉄心が渦流損による無効発熱の大きい欠点を有していたので、この欠点を除くため、公知の圧粉鉄心を代用したものであることが明らかであり、従つて、それは、鉄の粉末を圧縮して製作した鉄心に限られ、被告ヘツドにおけるフエライトのような鉄以外の磁性体の粉末を原料として製作された圧粉磁心を含むものではない。
また、甲特許発明は、さきに述べたように磁心の製作過程をもその構成要件とするが、被告ヘツドの磁心は、筒状のフエライトを輪切りにし、これに間隙を切り込み、この間隙に非磁性体の間隔片を挿入することにより製作されるものであるから、甲特許発明のヘツドの磁心とはその製作過程を異にし、この点から見ても、被告ヘツドは、甲特許発明の構成要件の一を欠くものである。
更に、乙特許発明のヘツドの磁極片は、結局、ヘツドの作動能率を向上させる機能を営むものであるが、被告ヘツドの磁極片は、厚さ約〇・二五ミリメートルの合金鉄でできているから、録画のように特に高い周波数の電気信号を取扱う場合には、磁極片における渦流損による無効発熱が圧粉鉄心のそれよりはるかに大きく、この添着によりヘツドの作動能率は向上するどころか、かえつて低下している。そこで、被告としては、フエライト自体が精密仕上げに適する材料で、これに被告ヘツドのようなビデオテープレコーダー用ヘツドに要求されるヘツドの回転方向で一ないし二ミクロン、半径方向に一〇ミクロン程度の微少な磁極間隙部が精密に設けられるならば、このような磁極片を添着する愚はしないのであるが、フエライト自体をこのように精密に仕上げることは著しく困難であるので、止むなく、フエライトよりも精密仕上げの容易な磁極片を添着することにしたものである。従つて、被告ヘツドにおける磁極片は、乙特許発明にいう磁極片とその作用効果を異にし、ひいては、乙特許発明にいう磁極片には該当しない。この点から見ても、被告ヘツドは、乙特許発明の構成要件の一を欠くものである。
五、第一〇項の事実は否認する。
被告装置の使用する録画方式は、丙特許発明の技術的範囲に属しない。まず、丙特許発明は、その明細書全文からも明らかなように録音方式に限られ、その技術的範囲は、被告装置の使用するような録画方式にまで及ぶものではない。
次に、丙特許発明の録音方式は、周波数変調によりもたらされる雑音減少の効果に着目し、この利点を利用するものであるが、被告装置の使用する録画の場合には変調指数が一以下とならざるを得ず、このように変調指数が低いときは、周波数変調による雑音減少の効果を全く期待することができない。それにもかかわらず、被告装置の使用する録画方式において、あえて周波数変調を採用しているのは、被告装置が、四個のヘツドを使用しているが、これ等四個のヘツドの特性を全く同一に製作し、同一感度で作動させることが実際問題として不可能であり、ひいては、四個のヘツドの発生する電流または磁力に不揃を生ずることが避けられないので、周波数変調を採用することにより比帯域を圧縮するほか、その特性の一である定振幅性を利用し、不揃を平均化しようとしたためである。このようなわけで、録音と録画とが原告主張のように原理において一致しているとしても、この原理をどのように体現させるかの技術においては、両者異るものであり、この意味で、被告装置の使用する録画方式は、丙特許発明にかかる録音方式を実施するものではない。
六、第一二項の事実は認める。
七、第一三項の事実は否認する。
証拠<省略>
理由
一、請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争いがない。
二、そこでまず、甲特許発明の構成要件及び作用効果について検討する。
(一)、成立に争のない甲第一号証の二(甲特許発明の特許公報)によれば、甲特許発明は、次のことを要件として構成される磁気録音機用ヘツドであると認められる。
(イ)、磁心主体が磁性体の粉末を型内で圧縮成型して塑製される圧粉鉄心であること
(ロ)、磁心主体が磁気録音の被録音体に対接する箇所に所要の磁気抵抗を保持する間隙を形成していること
(ハ)、この間隙内に非磁性体よりなる間隔片が埋置介装されていること
(ニ)、磁心主体に作動線輪が巻装されていること
(二)、そして、同号証によれば、従来の磁気録音機用ヘツドは、その磁心主体が磁性体の薄板多数の層合により組立てられていたところから、ややもすれば工作に手数がかかり、また磁心主体にはヘツドの高能率を保持するため特に透磁率の高い磁性体を選択使用することが要求され、しかもなお、録音に有害な渦流損による無効発熱の抑止にかなりの難点があつたのに対し、甲特許発明の磁気録音機用ヘツドは前記のように磁心主体を磁性体粉末の圧縮成型により塑製し得る圧粉鉄心にしたため、製作は簡易になり、また、磁心主体は従来のものより透磁率の低い磁性体でまかなうことが可能になり、しかも、このような磁性体を使用した場合でも、従前のものに比してより渦流損による無効発熱を僅少に止めてヘツドの作動能率を高めることができる点にその作用効果があることが認められる。
(三)、被告は、甲特許発明は、磁気録音の被録音体に対接する箇所に所要の磁気抵抗を保持する間隙を形成させるように磁性体の粉末を型内で圧縮成形して塑製するに当り、予めこの間隔内に間隔片を埋置介装しておいて一挙に所要の磁心を塑成する磁心の製作方法をもその構成要件としていると主張する。なるほど、前記甲第一号証の二によれば、甲特許発明の特許請求の範囲欄には、「磁気録音の被録音体に対接する箇所に所要の磁気抵抗を保持する間隙を形成せしめるように磁性体の粉末を型内にて圧縮成型して圧粉鉄心を塑製し」という記載のあることが認められる。しかしながら、同号証によれば甲特許発明は、従来の磁気録音機用ヘツドが透磁率の特に大きな磁性体の薄板を多数層合して所要形状に組立てていたのに対し、磁性体の粉末を所要の形状に圧縮成型して塑製した圧粉鉄心をヘツドに用いることを提案するものであることが明らかである。してみると、特許請求の範囲における前記記載は、一見磁心の製作方法を規定したかのように見えるけれども、実は磁心の製作方法を独立の要件として記載したものではなく、磁心の製作方法を叙述する手法を用いて磁心を説明しているにすぎないと理解するのが妥当である。(これに反する鑑定人中内康雄の鑑定の結果は採用し難い。)甲特許発明のヘツドの製作が簡易であるというのも、その磁心が、被告主張のような特定の製作方法によつて製作されるから簡易であるというのではなく、ヘツドの磁心主体が圧縮成型により所要の形状に塑製し得るような磁性体の粉末を原料にしているので、磁性体の薄板多数を層合して組立てる従来の磁心主体に比べて製作が簡易であるという趣旨であることが前記甲第一号証の二によつてうかがわれるのである。
三、請求の原因第四項の事実は、当事者間に争いがない。そこで、乙特許発明の要件を再現すれば、次のとおりとなる。
(イ)、磁性体の粉末を所要形状に圧縮成型した圧粉鉄心を主体の材料とすること
(ロ)、主体の端部に他の磁性材料を磁極片として添着すること
ところで、乙特許発明は甲特許発明の追加特許ではあるけれども、それ自体一個の発明にほかならない。従つて、それ自体において磁気録音機用ヘツドの構成に不可欠の事項は要件として備えていなければならない。そうすると、甲特許発明において要件とされていること、すなわち磁心主体の被録音体に対接する箇所に所要の磁気抵抗を保持する間隙が形成されること、磁心主体に作動線輪が巻装されていることは、あらゆる磁気録音機用ヘツドの構成に不可欠の事項であるから、乙特許発明の特許請求の範囲にそのことが要件として掲げられていないけれども、その記載の不備にもかかわらず、上述の要件は乙特許発明の要件であるとみなければならない。それ故、乙特許発明の要件としては前記(イ)(ロ)の要件のほかに、次のものを追加すべきである。
(ハ)、磁心主体が録音の被録音体に対接する箇所すなわち磁極片の先端に所要の磁気抵抗を保持する間隙を形成していること
(ニ)、磁心主体の圧粉鉄心部分に作動線輪が巻装されていること
四、請求原因第六、七項の事実は、当事者間に争いがない。
そこで、被告ヘツドの構造を甲乙両特許発明との対比に便利なように分析すると、次のとおりとなる。
(い)、原料粉末を圧縮して円板にしたものを第一次焼成として加熱して磁性体とし、これを冷却後粉砕したものを型内で圧縮成型して円筒に塑製し、これを更に第二次焼成として加熱した後輪切りにしてできたフエライトの磁気録画の被録画体に対向する箇所に間隙を設け、同間隙内に非磁性体の間隔片を埋置介装し、フエライトの間隙を設けた部分すなわち前記被録画体に対向する部分に他の磁性材料から成る磁極片を重ねて添着し、これらをもつて磁心主体を形成していること
(ろ)、磁心主体が磁気録画の被録画体に対接する箇所は磁極片であり、その先端に所要の磁気抵抗を保持する間隙を形成していること
(は)、この磁極片の間隙内に非磁性体より成る間隔箔が埋置介装されていること
(に)、磁心主体のフエライト部分に作動線輪が巻装されていること
五、そこで、被告ヘツドが、甲、乙特許発明の技術的範囲に属するかどうかについて検討する。
まず、被告は、甲、乙特許発明を通じその発明の対象が磁気録音機用ヘツドに限定されており、被告ヘツドはビデオテープレコーダー用であるからその範囲外であると主張する。ところで、磁気録音機は、音声を電気信号にかえ、この電気信号を磁力線の変化にかえて磁気的に記録するものであるのに対し、ビデオテープレコーダーは、映像を電気信号にかえ、この電気信号を磁力線の変化にかえて磁気的に、記録するものである。従つて、磁気録音機とビデオテープレコーダーとは、いずれも、音声や映像が電気信号に変換し得る性質を有すること、電気信号が磁力線の変化にかえて磁気的に記録し得る性質を有することに着目して開発されたもので、両者は、その基本的な原理において相共通する。ただ、磁気録音機とビデオテープレコーダーとは、前者が、音声すなわち音波を電気信号にかえるのに対し、後者が、映像すなわち光を電気信号にかえる点において、また前者が可聴周波数帯域の電気信号を磁力線の変化にかえ、この磁力線の変化を磁気的に記録するのに対し、後者が可聴周波数帯域をはるかに超える電気信号を磁力線の変化にかえ、この磁力線の変化を磁気的に記録する点において、その技術思想を異にするだけである。そして、電気信号の原因が音声か映像かの差異に基き、磁気録音機にあつては、マイクロフオンを使用するのに対し、ビデオテープレコーダーにあつては、テレビカメラを使用する差異が生ずる。しかしながら、ヘツドは、それが磁気録音機用のものであろうと、ビデオテープレコーダー用のものであろうと、いずれも電気信号を磁力線の変化にかえる機能を果すものであつて、音声ないし映像を電気信号にかえる機能及び磁力線の変化を磁気的に記録する段階における手段には何等関係がない。そうすると、磁気録音機用ヘツドとビデオテープレコーダー用ヘツドの差異は、単にその取扱う電気信号の周波数帯域に広狭があることに尽きる。つまり、磁気録音機用ヘツドは、可聴周波帯域の電気信号、すなわち、通常一六サイクルから二〇キロサイクルまでの電気信号(音声信号)を取扱うことができれば一応足りるのに対し、ビデオテープレコーダー用ヘツドは、これでは足らず、可聴周波数帯域をはるかに超える電気信号、すなわち現在実用に供されているテレビジヨン方式によれば、通常一〇数サイクルから四メガサイクルまでの電気信号(ビデオ信号)を取扱うことができなければならないのである。
ところで、さきに述べたところによれば、甲特許発明の磁気録音機用ヘツドは、磁心主体を圧粉鉄心にしたことにより、渦流損による無効発熱を僅少に抑止してヘツドの作動能率を高める特徴を有するが、渦流損による無効発熱はヘツドの取扱う電気信号の周波数が高い程増大するから、ビデオ信号のような音声信号より周波数が高く、従つて、渦流損による無効発熱もかなり大きい電気信号を取扱う場合には、甲特許発明のヘツドは一層有効であり、このヘツドでビデオ信号を取扱えば録画に有害な渦流損による無効発熱を抑止することができて、ビデオテープレコーダー用ヘツドとしてもそのままその特徴をいかんなく発揮できるものと考えられる。また、乙特許発明の磁気録音機用ヘツドは、甲特許発明のそれに磁極片を添着したことにより圧粉鉄心中を通ずる磁束をこの磁極片中に有効に集中させ、甲特許発明により改良されたヘツドの作動能率を更に一層向上させたことにその特徴があるので、これまた甲特許発明のヘツドと同様に、ビデオテープレコーダー用ヘツドとしても、そのまま充分その特徴を発揮し得るものと考えられる。そうだとすれば、甲、乙特許発明の磁気録音機用ヘツドは、ビデオ信号を取扱つた場合、別の障害が生ずることが見出されない限り、音声信号に限らず、ビデオ信号をも取扱い得るヘツドであり、これを技術的に見れば、磁気録音機用ヘツドの発明にとどまらず、ビデオテープレコーダー用ヘツドの発明にもなり得るといつて差支えない。
ところで、前記甲第一、二号証の各二によれば、甲、乙特許発明においては、その解決すべき技術的課題を磁気録音機用ヘツドの改良に向け、ビデオテープレコーダー用ヘツドの改良については特別の顧慮を払わず、その特許請求の範囲欄に甲、乙特許発明のヘツドを「磁気録音機用ヘツド」と記載したことが認められる。しかしながら、甲、乙特許発明においては、その解決すべき技術的課題を専ら磁気録音機用ヘツドに向けていたとはいえ、当該ヘツドを特に可聴周波数帯域の電気信号のみを取扱うヘツドに限定したものでないことは前記書証により明らかである。また、成立に争のない乙第一号証に本件口頭弁論の全趣旨を参酌すれば、甲、乙特許出願当時、ビデオテープレコーダーは、実現可能の段階に至つていたものの、さりとて、実用に供し得る段階には未だ立ち至つていなかつたことが認められるから、当時としては、ただ録音だけが問題にされていたに過ぎなかつたと考えられる。従つて、甲、乙特許発明の特許請求の範囲欄に、たまたま「磁気録音機用ヘツド」と記載していても、これにより直ちに甲、乙特許発明のヘツドを可聴周波数帯域の電気信号のみを取扱うものに限定して解釈したり、或いは甲、乙特許出願人がそのように特に限定していたと見ることは早計である。
甲、乙特許発明の磁気録音機用ヘツドは、これを技術的に見ればそのままビデオテープレコーダー用ヘツドの発明にもなり得ることはさきに述べたところであるが、現在実用に供されているようなビデオテープレコーダーがまだ開発されていなかつた甲、乙特許出願当時はともかく、後日これが開発された時期においては、このことは当業者なら誰でも理解するのに困難でなく、ひいては、甲、乙特許発明にかかる磁気録音機用ヘツドをそのままビデオテープレコーダー用ヘツドに使用しその効果を挙げ得ることに気付くことは疑の余地がない。そして、甲、乙特許発明の磁気録音機用ヘツドは、これを現在実用に供されているビデオテープレコーダーのヘツドに使用しても特に障害が生ずることはないから、結局、ビデオテープレコーダー用ヘツドをも包含すると解するのが相当である。
六、そこで、被告ヘツドと甲特許発明の要件とを対比する。
(1) 甲特許発明の(イ)の要件に対応するのは、被告ヘツドの(い)の構造であり、(い)のフエライトが(イ)の圧粉鉄心に対応する。(イ)の圧粉鉄心は、特許請求の範囲の記載によれば磁性体の粉末を型内で圧縮成型して塑製されるものと規定されており、(い)のフエライトも第一次焼成により磁性体となつた原料を粉砕して粉末にしたうえこれを型内で圧縮成型することを前提として製作されるものであるから、(イ)の圧粉鉄心に該当する。被告は、(イ)にいう圧粉鉄心は、文字どおり鉄の粉末を圧縮成型することにより塑製される磁心に限られ、フエライトのように鉄以外の磁性体の粉末を圧縮成型することによりできる磁心はこれを包含しない旨主張し、証人山本達治の証言中にもこれに副うような趣旨の供述がないではない。しかしながら、前記甲第一号証の二における甲特許発明の詳細なる説明をみても、磁性体の粉末を殊更に鉄の粉末に限定した記載はない。しかも、同証人の証言によれば、フエライトは甲特許出願のかなり以前から既に実用に供し得る物質として存在し普及していたことが認められるし、また、各成立に争のない甲第二一号証、同第二二号証によれば、圧粉鉄心の語は、単に鉄に限らずフエライトの磁心の意味にも慣用されていることが認められる。そうすると、圧粉鉄心の文字に拘泥して(イ)にいう圧粉鉄心を被告のように鉄の磁心にのみ限定して解釈するのは誤りであるといわなければならない。なお、甲特許の追加特許である乙特許は、甲特許発明における圧粉鉄心をそのまま利用するものであることはさきに述べたところから明らかであるが、前記甲第二号証の二によれば、この圧粉鉄心につき、発明の詳細なる説明欄に「本発明に於ては磁性体の粉末を型内に容れてシンダーリング等適当の手段により圧縮成型して圧粉鉄心を作り」と記載しているから、乙特許にいう圧粉鉄心は、フエライトをも含むものであることが容易に窺われる。従つて、甲特許における圧粉鉄心もフエライトを含む趣旨であることは、このことから推察することができる。
次に、甲特許発明の磁心主体は、圧粉鉄心から成るが、被告ヘツドの磁心主体は、この圧粉鉄心に該当するフエライトのほか間隔片及び磁極片から成つている。ところで、被告ヘツドの間隔片は非磁性体であつて、フエライトの間隙に挿入されているものであり、それがフエライトの強度を増大するためにのみあるもので、フエライトにおける磁力線の変化に何等関係がないことは弁論の全趣旨によつて明らかであるからこれは単なる附加物であるといつてよい。また、被告ヘツドの磁極片は、後に述べるように乙特許発明の磁極片に該当するものであつて、乙特許発明の構成要件及び作用効果について述べたところを参酌すれば、フエライト中を通ずる磁束を有効に集中させこれによりヘツドの作動能率を一段と向上させる役目を果すものであることが明らかである。このように圧粉鉄心(フエライト)の間隙部に磁極片を添着してヘツドの作動能率を一層向上させることは、圧粉鉄心の使用によりヘツドの作動能率の向上を図つた甲特許発明を利用したものというべきであつて、このことは乙特許発明が、甲特許発明の圧粉鉄心に磁極片を添着したことにより甲特許の追加特許となつている関係から見て明らかである。
そうすると、被告ヘツドの磁心主体における(い)の構造は、甲特許発明の磁心主体を利用するものとして、その(イ)の要件を具備するものといわなければならない。
(2)、甲特許発明の(ロ)、(ハ)、(ニ)の要件に対応するのは、被告ヘツドの(ろ)、(は)、(に)の構造であるから、それぞれ両者を対比してみると、被告ヘツドの(ろ)、(は)、(に)の構造がそれぞれ甲特許発明の(ロ)、(ハ)、(ニ)の要件を具備していることは多く説明するまでもなく明らかである。
以上のとおり、被告ヘツドは、甲特許発明の構成要件のすべてを具備し、そのため甲特許発明の作用効果をそのまま兼ね備えていることが容易に推認できるから、甲特許発明の技術的範囲に属するものといわなければならない。
七、次に被告ヘツドと乙特許発明の要件とを対比する。
(1)、乙特許発明の(イ)、(ロ)の要件に対応するのは、被告ヘツドの(い)の構造であり(い)のフエライトが(イ)の圧粉鉄心に該当することは、さきに述べたとおりである。また、(い)の磁極片は、(イ)の磁極片に該当する。ただ、前者がフエライトの間隙部に重ねて添着されているのに、後者は圧粉鉄心の端部に添着されているという構造の差異はあるが、両者ともフエライトないし圧粉鉄心の作動能率を一層向上させるためのものであることは、容易に看取できるから、その差異は単なる設計上の微差とみてよい。これに対して、被告は、被告ヘツドの磁心主体に磁極片があるのは、ヘツドにおける磁束変化を生じさせる間隙は、精密に形成することが要求されるが、フエライトに直接この間隙を設けようとしても精密に仕上げることが困難であるので、やむなく、フエライトより精密仕上げの容易な磁極片をフエライトに重ねて添着しその間に前記間隙を設けることにしたものであり、従つて、被告ヘツドは、この磁極片の添着により乙特許発明の期待しているようなヘツドの作動能率向上の役割を果さず、かえつて、これにより作動能率を低下させていると主張するが、被告主張の事実を肯認するに足りる証拠はない。
次に、被告ヘツドの磁心主体には、乙特許発明にかかるヘツドの磁心主体にない間隔片があるが、これが単なる附加物にすぎないことは、さきに甲特許発明との対比の際説明したとおりである。
そうすると、被告ヘツドの(い)の構造は乙特許発明の(イ)(ロ)の要件を具備するものといわなければならない。
(2)、乙特許発明の(ハ)(ニ)の要件にそれぞれ対応するのは、被告ヘツドの(ろ)、(に)の構造であるが、被告ヘツドの(ろ)、(に)の構造が乙特許発明の(ハ)(ニ)の要件を具備していることは、あえて説明するまでもあるまい。
(3)、さて、被告ヘツドには乙特許発明において要件とされていない(は)の構造があるが、(は)の間隔箔は、磁極片の先端に磁力線の変化を生じさせるために設ける間隙を所要の大きさに保つため、同間隙内に埋置介装されるにすぎないもので、磁極片における磁力線の変化にはなんら関係のないものである。のみならず、前記甲第二号証の二によれば、乙特許発明の実施に当りこれに相当するものを設ける場合のあることを予想していることが認められる。従つて、(は)の間隔箔は、単なる附加物とみて差支えない。
以上のとおり、被告ヘツドは、乙特許発明の構成要件のすべてを具備し、そのため乙特許発明の作用効果をそのまま兼ね備えていることが容易に推認できるから、乙特許発明の技術的範囲にも属するものといわなければならない。
八、請求の原因第五項及び第八項の事実は、当事者間に争いがない。
そこで、丙特許の要件と被告装置における録画方式とを対比してみると、丙特許発明の一の要件は(イ)、音波をまず録音に適当な中心周波数の周波数被変調波または位相被変調波に変換することであり、これに対応するものは被告装置における(い)、テレビジヨンの映像信号をまず録画に適当な中心周波数の周波数被変調波に変換することという方式である。両者を比較するとき丙特許発明における周波数被変調波は、録音に適当な中心周波数のものであるのに対し、被告装置の使用する方式における周波数変調波は録画に適当な中心周波数のものでもある点に差異を見出すことができる。ところで、丙特許発明において音波を録音に適当な中心周波数の周波数被変調波に変換するのは、周波数変調の定振幅性にもとずき固有雑音が極めて少く、また、再生ヘツド等の周波数特性に特別の意を払うことなく、高忠実、かつ、強弱レベル差の大きな再生を得ることにあることは、被告の認めるところである。さて、鑑定人石井正博の鑑定の結果によれば、周波数変調により連続雑音または衝激性雑音のようないわゆる固有雑音を振幅変調の場合よりも減少する効果を挙げるためには、その変調指数が一〇〇パーセント変調の振幅変調を基準にした場合、連続雑音につき平方根三分の一(〇・五七)以上、衝激性雑音につき〇・五以上でなければならないことが認められる。そうすると、丙特許発明にいう録音に適当な中心周波数の周波数被変調波は、周波数変調指数が一〇〇パーセント変調の振幅変調を基準にした場合、〇・五七ないし〇・五以上のものを指すといわなければならない。これに対し、被告装置の使用する録画方式はいわゆるアンペツクス方式に属し、この場合周波数変調指数は、被告装置の機械的構成やヘツド、テープ等の現在における実用可能な技術に制約されてこれを大きな値にとることができず、せいぜい〇・一一ないし〇・二二という低い値しかとり得ず、そのため前記のような雑音についてはこれを減少させるような効果を到底期待することができないのみならず、むしろ振幅変調による場合よりも効果の悪いことが同鑑定人の鑑定の結果により明らかである。そうだとすれば、被告装置の使用する録画方式における録画に適当な中心周波数の周波数被変調波は、これをテープ等に記録した場合、周波数変調による定振幅性に基き、再生ヘツド等の周波数特性に特別の意を払うことなく、高忠実、かつ、強弱レベル差の大きな再生は得られるであろうけれども、雑音減少の効果は全然これを挙げ得ないものであるから、丙特許発明の録音方式における録音に適当な中心周波数の周波数被変調波を使用しているということができない。
以上の次第で、被告装置の使用する録画方式は、この点において丙特許発明の録音方式の構成要件を欠いているから、その他の点を検討するまでもなく、その技術的範囲に属しないものといわなければならない。従つて、被告の録画方式が丙特許発明に抵触することを前提とする原告の損害賠償請求は理由がない。
九、そこで、以下被告の甲、乙特許権侵害による原告の損害賠償請求について検討する。
被告が被告ヘツドを備えたビデオテープレコーダーを、別紙一覧表記載のとおり、昭和三五年三月三台、同年五月から昭和三七年八月まで三八台、以上合計四一台を製造して一台につき金一、六〇〇万円を下らない金額で販売したことは当事者間に争がない。ところで、被告がかねてよりビデオテープレコーダー等の製造販売につき有数の成績を挙げている会社であることは、当裁判所に顕著であるから、被告は、被告ヘツドを備えた前記四一台のビデオテープレコーダーを最初に製造販売した昭和三五年三月当時既に原告が甲、乙特許権を有することを熟知していたことは明らかである。また、甲、乙特許発明の磁気録音機用ヘツドが、技術的に見ればビデオテープレコーダー用ヘツドの発明にもなり、これをビデオテープレコーダー用ヘツドに使用するときはその効果を挙げ得ることは、被告のような当業者ならば容易に気付くであろうことは、さきに認定したとおりである。そうすると、被告は、被告ヘツドを備えた前記四一台のビデオテープレコーダーを製造販売するに当つて、少くともその行為が甲、乙特許権を侵害することを知り得たにもかかわらずこれを過失によつて知らなかつたと認めざるを得ない。
そうすると、被告は、被告ヘツドを備えたビデオテープレコーダーの製造販売により原告の被つた損害を賠償する義務があることが明らかである。
ところで、証人多田正信の証言により各真正に成立したものと認められる甲第二四号証、第二五号証、第三〇号証、第三二号証によれば、甲、乙特許発明の実施に対し通常受ける金銭の額は、該特許発明を実施した製品の販売価格の〇・五パーセントに当る金員をもつて相当とすることが認められる。
そうすると、被告が製造販売した前記四一台のビデオテープレコーダーの販売価格が合計金六億五、六〇〇万円を下らないことは計数上明らかであり、これに前認定の甲乙特許発明の通常実施料率〇・五パーセントを乗じて得られる金三二八万円が被告の甲、乙特許権侵害により原告の被つた損害であるということになる。
一〇、よつて、原告の本訴請求は、被告に対し甲、乙特許権を侵害する被告ヘツドを備えたビデオテープレコーダーの生産譲渡の差止及び同特許権侵害による損害賠償として金三二八万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三七年一一月八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるから認容するが、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 古関敏正 吉井参也 小酒礼)
別紙 第一目録
別紙図面はビデオテープレコーダーのヘツドドラムに四個取付けられるヘツドの一つを示すものであつて、(1) はフエライトよりなるヘツド本体、(2) 、(2) ′は端部に添着された磁性金属の磁極片、(3) は間隔箔、(4) は作動線輪、(5) は間隔片、(6) は磁極片取付板、(7) は回転円板である。
第一図(a)(b)は回転円板(7) にフエライトよりなるヘツド本体(1) が装置されている状態を示すものであり、同図(a)はその側面図を示すものである。
第二図は回転円板(7) に装填される磁極片(2) 、(2) ′を示すものである。
第三図はこれら両者を組付け、磁極片(2) 、(2) ′がヘツド本体(1) に添着されたヘツドの構造を示すものである。
今テレビジヨンの映像に応じた電流(映像信号)が作動線輪(4) に流れると、電流の強弱に対応した磁力線が生じヘツド本体(1) 中を導かれ磁極片(2) 、(2) ′を通過する。その際間隔箔(3) の箇所で一部の磁力線が外部に漏洩し、この箇所に接している磁気テープを磁化する。すなわち映像信号の変化は磁気テープ上に記録される。
第1図、第2図、第3図<省略>
第二目録
テレビジヨン映像信号を録像に適当な中心周波数の周波数被変調波に変換したのち、これを磁気テープに記録する装置。